
熊本市動物愛護センター所長講演会(8/21)・その1
長崎 Life of Animal さん主催の講演会「犬・猫 殺処分0に向けて」を聴きに行ってきました。「殺処分0」を掲げて、それをほぼ実現したことで有名になった、熊本市動物愛護センター所長・松崎正吉さんの講演です。
もう既にたくさんの方が記事にされていて、写真なども多数上がっているので、講演会のようすなどはそちらをご覧ください。
- 「最高の講演会でした!!(準備編)」:長崎 Life of Animalのブログ
- 「最高の講演会でした!!(本編)」:長崎 Life of Animalのブログ
- 「今日は講演会でした♪」:Mikan’s Diary
- 「熊本市動物愛護センター所長さんの講演会」:とらきち の ねこさん日記
- 「熊本市動物愛護センター松崎所長 講演会」:まめ猫
で、「行政とボランティアとの連携・協力が大切である」という点については、上のみなさんが既に書いていらっしゃるので、わたしはそれとは別の角度から講演内容について書いていってみようと思います。
熊本市動物愛護センター所長の松崎さんは、第一印象でとてもハートフルな方でした。
非常に物腰が柔らかで、声高に「殺処分0!」と拳を振り上げるような感じではない。だけれども、お話が進むうちに、「この方は非常に芯の強い、理論家肌のひとだ」という印象が強くなっていきました。まずはじめに目標を定めて、それに必要となる仲間を集めて組織としてオーガナイズする。それが非常にうまく機能して、人材の厚みでもって、熊本市は大きな仕事を成し遂げつつあるのだなと感じました。人材の厚みということから考えれば、もちろん「行政とボランティアが連携すること」はその一助になります。でも、それは実はほんの氷山の一角だ、ということが徐々にわかってきます。
わたしが大事だと感じたスライドを4枚挙げます(いいのかな……? これはもちろん松崎さんが作られた資料で、その松崎さんの講演内容をできるだけ正しく伝えるために、さるねこ父の判断で載せています)。
スライド1で、平成14年(2002年)にピンクの文字で、たくさんのことが書かれています。抜き出しますと、
- 平成14年1月
- 熊本市動物愛護推進協議会設立
- 平成14年4月
- 動物愛護センター(ハローアニマルくまもと市)に名称変更
- 成犬譲渡マニュアル化
- 告示文書を写真入に変更
- 成犬譲渡マニュアル化
- 平成14年12月
- 迷い犬情報を市ホームページに掲載
熊本市の現在のいしずえとなったのが、平成14年(2002年)1月の「熊本市動物愛護推進協議会」設立です。スライド2によると、協議会設立当時、その構成メンバーとして「市獣医師会、動物愛護団体、動物取扱業、盲導犬使用者の会」が挙げられており、それらの団体から推薦によって動物愛護推進員20名が選ばれています。スライド3によると、そのほかに熊本市が推薦する(実質は熊本市動物愛護センターが推薦する)3名および公募による2名が追加されて、全部で25名の推進員ということになります。スライド4に、協議会=推進員の活動内容が4分野に分けて(そのうち4の学校飼育動物に関しては、少し複雑な背景があるようで、詳しく説明はされませんでした)紹介されています。
さて、これらのスライドがなぜ重要なのか。あるいは、松崎さんのお話・熊本市のやり方として、重要だったのはどの点か、ということなのですが、この25名という大所帯の動物愛護推進協議会の構成メンバー(団体)を考えたのが、ほかならぬ松崎さんだ、という点が1点、そして、熊本市の動物愛護運動は基本的にこの動物愛護推進協議会が軸・中心となって行なわれている、という点がもう1点です。
松崎さんのお話でもう少し補足します。協議会のメンバー(推進員)は月に1度、夜の8時から集まって、さまざまな話し合いを行なうそうです。いちおうスケジュール上は2時間ですが、実際には深夜12時をこえて議論が白熱することもあるそうです。また、推進員は(全国的にそうであるはずですが)無報酬です。
その協議会が中心となって動いたものとしては「迷子札100%運動」キャンペーンが挙げられました。
こんなポスターを作ったり(3,000枚刷って、市内各所に掲示したそうです)
名刺サイズのこんなカードを作って(裏側は、上のポスターと同じ黄色いデザイン)、年に1度の狂犬病予防注射の際に犬の飼い主に渡したり(熊本市の蓄犬登録数は、きちんとメモっていなかったのですが、3万数千頭だそうです。多頭飼いもあるだろうけれども、2~3万枚の名刺カードを作ったはず)
活動の際には、こんなおそろいのシャツを作って着たり、しているそうです。いずれも松崎さんの PowerPoint スライドを撮影して拝借しています。
こうした啓蒙・普及活動を行なう主体が、「熊本市動物愛護推進協議会」なわけです。これだけ見ても、かなりの物量を伴う活動なわけで、当然それなりにコストがかかるわけですが、ここで驚くなかれ。
これらの運動費用は、基本的に、協議会への寄付や、協議会が行なう物販・フリーマーケットなどの収益によってまかなわれているのです。県や市から補助金・助成金が、まったく出ていないというわけではないでしょうけれども、基本的に推進員は「無給」、協議会の運営資金も寄付や物販・フリマ収益が基礎になっているのだとすると、「熊本市動物愛護推進協議会」というのは、名称こそ漢字だらけでお役所仕事の一環のように見えますが、どうみてもこれは「動物愛護ボランティア団体」です。
松崎さんは、2002年に熊本市の動物愛護関連団体を横断する「巨大な動物愛護ボランティア団体」を組織したわけです。普通、ボランティア団体というのは、民間人が集まってつくるものです。そこに行政が絡んでくることは普通はない。獣医師会やペット販売業者などの「業」として動物と関わるひとびとが関わることも少ない。結果として、ボランティアはボランティア、行政は行政、獣医師会は獣医師会、ペット業者はペット業者で、横のつながりはほとんどないか、下手をするとお互いに糾弾し合う関係になります。
実際、松崎さんが協議会を組織しようとしたときも、愛護団体を入れるかどうかで獣医師会と相当にもめたそうです。また推測ですが、愛護団体がペット業者(動物取扱業者)と同席するにあたっても、かなりの抵抗・トラブルがあったことでしょう。でも、そういったことをすべて併せ呑んで、総勢25名の推進員からなる(バックグラウンドとなる団体の構成員を全て含めれば、おそらく100名を優に超える)巨大なボランティア団体を作って、それぞれの単位でできることを探りつつ、単位間の連携も図る、という壮大な計画を松崎さんは立てたのだろう、とさるねこ父は推測します。
なんのために? 「殺処分0という目的を達成するために」です。
上の例に挙がった「迷子札100%運動」キャンペーンで考えてみます。せいぜい10~20名で活動する個々のボランティア団体がそれを訴えても、訴求力に限界があります。ボランティアというのは「狭く深く」は得意だけれども、「広く浅く」は苦手です。たとえば3,000枚のポスターを市内に貼ることのできるボランティア団体はおそらく存在しないでしょう。それは「行政」の力を借りる必要がある。愛護センターが市当局と掛け合って、市内の掲示板や公共施設、その他集客施設に掲示を依頼しなければ、到底なしえないことです。予防注射に訪れた飼い主に名刺カードを渡すには、そりゃあ獣医師会が全面的にバックアップするのが最も確実かつ効率的です。もちろん、ボランティアさんが先頭に立って、センターと協力しながら行なうのであろう譲渡会で、揃いのシャツを着て応対することは、視覚的にとても絵になるから、たとえばマスコミの取材なども受けやすい。そういった二重三重の相乗効果を実現するには、団体横断的な協議会が中心となって進めるのが一番いい。
そして大事なのは「動物取扱業者(いわゆるペット業者)」もそこに関わっていることです。悪質なペット業者のせいで、業界全体が不当に低く見られている感もありますが、実際問題として一般のひとびとがいぬやねこを手に入れる先は、ペット業者です(もっと里親譲渡会などからもらってほしい、というのはもちろんそうですが、いまここではそれは措いておきます)。そうであるなら、良心的なペット業者を増やし、業者を起点として顧客=飼い主の啓蒙を図るというルートが、どうしても必要です。ほとんどの場合、こうしたルートが存在するのは絶望的なのですが、松崎さんのすごいところは、ペット業界も協議会に入れて、「よいペット業者」を育成していこうとした点だと思います。
わたしが最初の方で書いた「まずはじめに目標を定めて、それに必要となる仲間を集めて組織としてオーガナイズする。それが非常にうまく機能して、人材の厚みでもって、熊本市は大きな仕事を成し遂げつつあるのだなと感じました」というのは、この点を指します。
熊本市では巨大なボランティア団体となって、さまざまな活動をしている「動物愛護推進協議会」と「動物愛護推進員」ですが、これは、1973年(昭和48年)に制定された「動物の保護及び管理に関する法律」(昭和48年法律第105号)が、1999年(平成11年)12月に「動物の愛護及び管理に関する法律」と改められた際に、条文規定が追加された、新しい組織・制度です。ちょっと読みづらいですが、条文を引用してみます。
- (動物愛護推進員)
- 第三十八条 都道府県知事等は、地域における犬、ねこ等の動物の愛護の推進に熱意と識見を有する者のうちから、動物愛護推進員を委嘱することができる。
- 2 動物愛護推進員は、次に掲げる活動を行う。
- 一 犬、ねこ等の動物の愛護と適正な飼養の重要性について住民の理解を深めること。
- 二 住民に対し、その求めに応じて、犬、ねこ等の動物がみだりに繁殖することを防止するための生殖を不能にする手術その他の措置に関する必要な助言をすること。
- 三 犬、ねこ等の動物の所有者等に対し、その求めに応じて、これらの動物に適正な飼養を受ける機会を与えるために譲渡のあつせんその他の必要な支援をすること。
- 四 犬、ねこ等の動物の愛護と適正な飼養の推進のために国又は都道府県等が行う施策に必要な協力をすること。
- 2 動物愛護推進員は、次に掲げる活動を行う。
- (協議会)
- 第三十九条 都道府県等、動物の愛護を目的とする一般社団法人又は一般財団法人、獣医師の団体その他の動物の愛護と適正な飼養について普及啓発を行つている団体等は、当該都道府県等における動物愛護推進員の委嘱の推進、動物愛護推進員の活動に対する支援等に関し必要な協議を行うための協議会を組織することができる。
第38条(推進員)の方は、わかりやすく言えば、「動物愛護についてやる気のある人は、知事から依嘱されて、あちこちアドバイスして回ったり、譲渡会を開いたり、愛護キャンペーンで活躍してくれていいですよ」、第39条(協議会)の方は、「動物愛護に関わる団体さんは、推進員さんをそこから推薦したり、推進員さんの活動を支援するための協議会を作ってもいいですよ」ということです(全然わかりやすくない、というツッコミはなしの方向で)。
これらは、都道府県や大きな市では「依嘱しなければ・組織しなければ」いけないものではなく、「依嘱しても・組織しても」いいですよ、というものです。したがって、上から言われてできあがるものではなく、だれかが中心となって動かなければ、できあがりません。「だれかが」といっても誰でもいいわけではなく、知事や大きな市の市長にかけあって、ひとつひとつ問題をクリアできる人物である必要があります。たとえば、愛護センターの所長のような。
松崎さんのお話では、2002年(平成14年)1月に熊本市でつくるまえには、モデル事業として福岡県と兵庫県(あともういくつか?)に協議会があったにすぎないそうです。「モデル事業」というのは、国が上から声をかけて、それにふさわしそうなところにやらせる事業です。条文を作った以上、どこかにそれのモデルがないと、恰好がつかないし広まらないので、やっている事業、と思っていただければそう間違いではないです。
したがって、確認は取れていませんが、自発的に協議会を作ったのは、全国では熊本市の松崎さんが初めて、と言っていいのではないかと思います。
制度的な=法律的な裏づけはあるけれども、具体的なイメージ・モデルになるものがほとんどないなかで、ひとつひとつ手探りで「協議会」という組織をつくり、「推進員」を頼んでいった松崎さんの努力は、並大抵のものではなかったでしょう。さるねこ父が松崎さんのことを「お話が進むうちに、『この方は非常に芯の強い、理論家肌のひとだ』という印象が強くなっていきました」と評したのは、それが理由です。
現在、長崎県でも「長崎県動物愛護推進協議会」が2010年7月5日に設置され、2010~11年度は長崎市・西彼地区・県央地区・県南地区でそれぞれ「支部」をつくって協議会活動を進めることが計画されています(cf. 平成22年度長崎県動物愛護推進協議会の開催について=長崎県生活衛生課)。県央地区では、ボズさん・あにまる らいふさんが、それぞれのブログ上で県央支部会議のようすを記事にしていらっしゃいますので、ぜひご覧になって下さい。長崎支部の会議についても、近々開かれる、というふうに聞いています。
まだ生まれたばかりの長崎県の「動物愛護推進協議会」が、この先どのように育っていくのかは未知数ですが、一つだけ指摘しておきたいことは、「長崎県も(あるいは長崎市=長崎支部も)動物愛護推進協議会ができたから、これで熊本市みたいになれるぞ」というのは、かなり甘い考えだ、ということです。ここまでの記事をお読みになった方はおわかりだと思いますが、熊本市の協議会は、松崎さんが将来を見通しつつ作り上げた、そしてもちろん、そこに参加した推進員・関連団体のみなさんがどんどん肉付けして育て上げたものです。長崎県の場合は、そういった「ビジョン」が明確にあって、パワフルで明晰な中心人物が動いてできているものか、よくわからない、というか、疑問な点が多い。国(環境省)から上意下達で降ってきた政策が、長崎市や県央地区まで下りてきた、という感は否めません。
「だから、やっぱり、長崎はダメだ」と言いたいのではありません。ただ、「同じ名前のものができたから、同じになれる(はず)」というのは現実を見ていない、大事なのは、中身であり、ビジョンであり、実行力である、という、ごくごくあたりまえのことを、さるねこ父は言いたいのです。言い換えれば、いまの長崎県(あるいは長崎市)が松崎さんに学ばなければならないのは、「実際になにをやったか」であるよりも「当時、なにをやろうとしたか」あるいは「なぜ、やろうとしたのか」だろうと思うのです。
熊本市で当時実際に行なわれたことは、犬をターゲットにすえて、迷子犬を減らす・迷子になっても帰せるシステム作りだったと言えます。この点について、その2に続きます。
