
2冊の『猫語の教科書』
我々さんのブログ「猫と我々」で紹介されていたので、『猫語の教科書』2冊、買って読んでみました。
こっちが新しく出た方の『猫語の教科書:共に暮らすためのやさしい提案』(池田書店・2012年)。『ネコと暮らせば:下町獣医の育猫手帳』(集英社新書・2004年)や『のらネコ、町をゆく』(NTT出版ライブラリーレゾナント・2009年)の野澤延行さんが監修しています。
表紙もキャッチーですが、この本、大変にお買い得です。A5判175ページのほとんど(8割以上)がカラーで、表紙のシャロンちゃん(3歳・メス)の写真が子ねこ時代から100枚以上、本文の説明のために使われています。めっさかわいい。字をまったく読まなくても=子どもでもじゅうぶんに楽しめます。
内容は、「はじめてネコと暮らす」「ネコのきもちが知りたい」「ネコのからだは不思議がいっぱい」「楽しく快適に暮らすコツ」「いとしのネコの健康管理」「もっと知りたいネコのこと」の6章からなります。それぞれで触れられている内容は比較的あっさりしており、たとえば病気のことや健康管理など、「もう少し詳しく触れてほしいな」と思う部分がないわけではありません。
でも、細かい注意書きをリストアップすればそれこそ山のようにあるわけで、そんな本が「楽しい」かというと、そうではない。この本が伝えたいのは「ネコと一緒に暮らしながら、お互いに素敵な時間を過ごそうよ」ということです。
たとえば里親さがしで里親さんが見つかって、初めてねこを飼うというそのご家族のもとにねこさんをお届けするときに、一緒にプレゼントしたい、そんな本です。
こちらは昔から出ている『猫語の教科書』。写真は1998年に出たちくま文庫版ですが、その元となる筑摩書房版は1995年、原書の The Silent Miaow: A Manual for Kittens, Strays, and Homeless Cats に至っては1964年の出版です。原著者はニューヨーカーで小説家のポール・ギャリコ(1897-1976)。
1964年といえば、日本では東京オリンピックの開催年、ようやく先進国の仲間入りをしたところです。当時繁栄を極めていたアメリカは、この年からベトナム戦争への直接介入を始め、国内的には公民権運動が徐々に激化するわけですが、そうした翳りがまだ見えない Good Golden Oldies の時代のアメリカのねこ飼い事情が、この本の背景にあるわけです。
当時のアメリカにおいて、ねこを飼うこと自体は珍しくはなかったものの、そのねこの出自はと言えば、知り合いのねこが産んだ子ねこをもらってきたのだったり、たまたま家の庭に迷い込んできたノラネコだったりしたようです。「ペットショップで買ってくる」という選択肢は、アメリカにおいてすらもまだ一般的ではなかったのかもしれません(※この時代の日本のねこ飼い事情については、長田弘『ねこに未来はない』によく描かれていますが、これについてはまたあとで)。
という時代・背景を踏まえて、この本の取っているスタイル、つまり「ねこがタイプライターで執筆したと思われる『いかにして人間の家に上がり込み、人間をその気にさせて、自分の思い通り手玉にとるか』を子ねこたちに教えるためのマニュアル本」を眺めなおしてみると、なかなかにおもしろい本です。当時のアメリカにおいても、ねこが人間社会のなかで生き抜いていくのは、それなりに厳しいことだった。せっかくノラから飼いねこに昇格しても、飼い主家族のご機嫌を損ねればあっという間に外に放り出されて元のノラに戻ったり、不妊化手術も施されず生まれてしまった子ねこたちは、しぶしぶ飼い主が貰い手を探すか、さもなくばそのへんに捨てられて命を落としてもおかしくなかった、そんな時代です。ごちそう――当時のねこにとっての一番のごちそうが、缶詰のフォアグラ、というのは「へぇー」です――をもらうためには、あの手この手で人間と駆け引きをして、飼い主の心理をうまくコントロールしなければいけなかったようです。
子ねこやノラネコに「人に飼われて賢く生き抜くための知恵」を教える、という体裁を取りつつ、その実、この本は「飼い主がいかにねこバカであるか」をよく描いてもいます(むしろ、そっちをメインに読み取るひとの方が多いでしょう)。「ねこさま」の思い通り、しもべになりつつそれを喜んでいる飼い主の心理描写に、「あるある」と思う人は、りっぱな「ねこバカ」です。もちろんさるねこ父もねこバカです。Amazon のレビューを読んでると、現在のアメリカにもねこバカは大量に生息しているようで、それがなんだか可笑しいです。ねこバカばんざい。
上に挙げた新しい方の『猫語の教科書』がはじめてねこを飼う人向けだとすれば、ギャリコの『猫語の教科書』は、ねこを飼い始めてしばらく経ち、ねこの魅力にはまってしまった人向けでしょう。どっちも買って損はない本ですし、たいがいの図書館にはある(もしくはこれから配架される)本だと思います。
